ペットロスを体験された方の声。
ペットを亡くされた方の声を集めてみました
ここではペットを亡くされた方の体験談やペットロスを克服された方々のお手紙などを紹介いたします。
まず最初に紹介するのは北海道犬チロについてです。チロとはあの有名な本「星になったチロ」のお話です。なぜ最初に紹介するかと言いますと
著者の藤井旭さんは私の叔父だからです。厳密に言うとお義父さんの弟に当たる方なのです。
そして本に登場する「純子ちゃん」はわたしの妻なのです。藤井さんと一緒に住んでいた妻も子どもの頃よくチロやムクたちと遊んだ思い出があるそうです。
そして一番身近にいた妻も同じように悲しみを感じていたからです。
他にもペットロスを克服された方などのお話を紹介します。
皆様の声を聞きますといかにペットという存在が我々人間にとってかけがえの無い存在なのかが垣間見えます。
ペットという存在が時にはこの世で一番大切なものになるということが分かっていただけるかと思います。
そんな大切なペットを亡くしたときの悲しい気持ちになることは人間としては当然なのです。
いまペットを亡くされた皆様も同じような気持ちだと思います。他の人の体験談を知っていただくことで
少しは立ち直りの助けになればと願っております。
「星になったチロ」より
あれほど元気だったモクの様子がおかしくなり始めました。ぐったりして息づかいが激しくお医者さんも首をひねるばかりです。
わたしとチャコ(もう1匹の犬)はモクに寄り添って三日三晩看病をつづけました。
しかしそのかいもなくイヌ年をよく日にひかえた大みそかの昼すぎみんなにみとられてモクは息をひきとりました。
わたしとつきあって5年目九歳でした。
モクの死はみんなを悲しませましたがなかでもチャコの気落ちはあわれでした。
すっかりしずんでしまって食事ものどをとおらないありさまです
毎日庭の山のてっぺんにのぼってすわりこみふりしきる雪が自分のからだにつもるにまかせぼんやり遠くを見つめる日がおおくなりました。
そしてとうとう1ヵ月後のひどい吹雪のふきあれた夜明け犬小屋の座ぶとんの上で冷たくなっていました。寒い冬の夜にモクといっしょに
すわりこんでおたがいにあたためあったその座ぶとんの上でチャコはなつかしいモクのにおいにつつまれてだれにも知られずにそっとモクの
ところへ旅だっていってしまったのです。
「チャコ寒かったろうね・・・。」
大切な二ひきの星仲間を相ついで失ってわたしの目からはただ涙がぼろぼろこぼれ落ちるばかりでした。
遠いこの悲しかった日のことを今思い返してみるとモクもチャコもつぎの新しい時代のはじまりをわたしにプレゼントするために
旅だっていったのではないのでしょうか・・・。
いまごろなんだかしきりにそんな気がするのです。
・・・中略・・・
ところが九月になって秋風がたちはじめるころからチロの容態が一変したのです。
おなかがふくれて苦しく立ったまま一睡もできなくなってしまったのです。イヌはとくにねむりの必要な動物です。
それが三日三晩一睡もできない状態がつづいたのですからどんなに苦しかったことでしょう。
わたしもチロにつきっきりでその体をそっとだいてささえてやりました。
夜は涼しくなった庭にそっとつれだしました。私がねむくなってコクリとやるとチロはたおれてしまいます。
私のねむけをおさえチロをねむらせるためにうまれてはじめての子守唄をうたってやりました。
夜明けがちかづくとチロをはげますようにおおいぬ座が東の空に姿をあらわしました。
病院の先生方も必死でした。けれども九月十四日の夕方チロはわたしの腕の中で息をひきとりました。
さも気持ちよさそうにねむるいつものチロのやすらかな寝顔のようでした。
ついさっきまで苦しい息づかいの中からもすんだ目でじっとわたしをみつめおたがいに心を通わすことができたというのに
一瞬のときをさかいにチロは宇宙よりも遠くにいってしまったのです。
日ごろ星仲間たちと宇宙のはてがどうのこうのわけ知り顔で論じあっていたことがひどくむなしく思えました。
そしてこの世の中にこれほどふかい悲しみがあることをわたしははじめて知ったのです。
「チロは最後まで美人だったね。ゆっくりおやすみ」
ふさふさしたチロの毛の中にわたしの大つぶの涙がいくつもすいこまれていきました。
---犬の天文台長 星になったチロ 藤井 旭 著(ポプラ社)---より
人間にも悲しみがあるように動物にも悲しいという感情があるということが分かります。ペットロスは人間だけのことではありません。
時としていっしょに過ごした他のペットたちも同じようになる場合があるのです。ペットのためのペットロスケアも
大切に考える必要があるのです。
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猫からもらった愛情と友情
ナミは迷い猫でした。
ある秋の夜のことでした。外のほうで音がするのでそちらを見ると中庭に1匹の白い猫が入ってきていたのです。
どうやら野良猫のようでしたが私が顔を出すととても人なっつこい猫で「ニャー」と鳴きながら私のほうに近寄ってきたのでした。
私はもともと一人暮らしでおまけに体が弱く外出するのも困難なため外部との接触があまり無い人間でした。
とっさにこの突然の訪問者を家の中に招待して暖かいミルクを飲ませました。するとホッとしたのかすぐにそのまま寝入ってしまったのです。
それ以来ナミはわたしのたった一人の家族と友人になってくれたのです。
ナミの年齢は不詳でしたが見た感じでは3歳ぐらいだったでしょうか。きれいに洗ってやると真っ白いきれいな毛に覆われていて
とてもかわいらしいくチャーミングな猫でした。
ナミは人の気持ちを察してくれる猫でした。私は病気を抱えていたせいもあり精神的にも肉体的にも非常に落ち込む時が多かったのです。
そんなときに彼女は私の布団の上に乗りトントンと合図をして流している涙をぺろぺろなめて慰めてくれたりしました。
手術をしなくてはならなくなったときにも退院後には眠れないでいると眠るまでずっと側に居てくれたりしました。
そんな不自由な体のわたしに何も憐れみもせずただ愛情だけを持ち続けてくれたようです。私もそんな彼女のことが大好きでした。
しかし別れは突然やってきました。朝起きるとナミの姿がどこにも見当たらないのです。普段なら名前を呼ぶと「ニャー」と返事をして
走って来るのに何処にもいないのです。どこかへ散歩かなと思ってしばらく待ってみましたが帰ってきませんでした。
心配になり外に出て探しても隣近所の人に聞いても彼女の姿を見つけることが出来ませんでした。
ナミは私の前から忽然といなくなってしまったのです。わたしはひどく悲しみました。また独りぼっちになってしまったと。
そしてナミと一緒に過ごす時間があまりにも多かったので何をしていいのか分からなくなっていしまいました。
そこでアドバイスのとおりナミと自分自身に当てた手紙を書いてみました。ナミに対しての感謝の気持ちと何処かで元気に暮らしていてほしいという
希望を綴りました。自分に対して手紙を書くと自分を客観的に見ることが出来ました。
自分の感情を書きだすことで自分の姿や感情が見えてきて心がうまく整理できるようになりました。
すると不思議に悲しいという感情や苦しみが少しづつ無くなってきたのです。ナミの存在の証として作っていただいたお墓の中には
ナミと一緒の写真を入れてあります。いつもナミとは一緒にいるような気がします。ありがとうございました。
それから最近わたしに新しい友達が出来ました。
いまではナミと同じくらい仲良く暮らしています。そしてナミのこともこれからもずっと忘れません。
「ナミありがとう。」
後から聞いた話ですが猫は自分の死期が迫ると自分から姿を消してしまう習性があるらしいのです。ナミも死期を悟ったのかは分かりませんが
自分の最後を私に見せたくなかったのではないかと今では思います。
東京都 根本 様より
ペットロスの癒し方〜行動の部分〜はこちらから
子どもたちに助けられました
我が家の宝物たちへ感謝します。
コロは私が結婚する前に飼い始めた犬で白地に茶色の毛の混じった雑種でした。
友達から犬の子供が生まれたので1匹もらってほしいと言われ以来私の友達になりました。
その後私も結婚をして2人の子供の母親になりました。それまでたくさんの思い出をコロとは共にしてきました。
コロが7歳になったある時痛そうに足をひきずっているのを見かけました。ずっと痛そうにしているので
病院に連れていくと肝臓が機能していないくらいひどい状態になっていることが判明したのです。
お医者さんにも後どのくらい生きれるのかわからないとの事でした。このまま痛く辛い思いをさせるのがとても忍びなく思いました。
主人と相談して最後に出した結果は「安楽死」でした。最初はそんなことなど考えもしなかったことでしたがコロの苦痛にゆがむ
顔を見たくなかったしコロにはこれから死を迎えるまで苦しませたくなかったからです。本当に悩みました。自分の大切な子を自分の手で
殺してしまうようなことです。でも自分がペットのためにしてやれる最善の方法はこれしかなかったのです。
そしてとうとうその日がやってきました。5歳と3歳の息子たちを母親の家に預け私と主人の二人で動物病院にコロを連れて行きました。
車の中ではコロを腕の中に抱き私は泣き続けていました。主人にも「コロが心配するから泣かないで」といわれましたが涙は止まりませんでした。
病院に着くと主人には車の中で待っていなさいと促されましたが「コロも最後に私がいないと心配するだろう。」と思い
決心して病院に入りました。
私はコロのことを抱きしめ目を合わせ心と心を通い合わせました。
「ありがとう。愛しているよ。」と言いました。
コロはこれから起こることを察したのでしょうか。痛みをこらえて私の指をなめ笑ってくれたような気がしました。
コロは開いていた目を閉じ眠るように逝ってしまいました。
家に帰ると子供たちが私のところへやってきました。コロがいないことと私の目が真っ赤に腫れているのを見て
何かがわかったのでしょう。5歳の上の子が「コロは天国に行ったんでしょ。」「だからお母さんは悲しくて泣いているんでしょ。」
私は悲しさと同時に子供たちの愛情の深さを実感しました。
それから私が落ち込んでいると子供たちがいつも慰めてくれました。
「僕がお母さんを守ってやるよ。」と2人の兄弟は言って励ましてくれます。本当にありがたいことです。
私のペットを失ったときの悲しみは自分の息子たちによってなんとか癒されました。もし子供たちがいなかったら
いまだにその悲しみを引きずっていたことでしょう。
ペットの死という悲しい出来事を機に家族の絆がいっそう深くなったような気がします。
「コロ、そして二人の子供たち本当にありがとう。」
神奈川県 吉田 様より
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